藤江和子氏は、家具デザインの領域において、建築空間の魅力を最大化する先駆的デザインを展開し、その業績が高く評価されているデザイナーである。多くの建築家との協働において、常にその空間にサイトスペシフィックな家具をつくり続けている活動は驚嘆に値する。家具の挿入によって静謐な空間に動きを与えたり、流動的な空間を増幅したり、淀みを与えたり、状況によって異なるアプローチをとるものの、いずれの場合も建築に対してある意味で触媒のような働きをし、空間の魅力を最大化している。建築家の考える空間の本質を一瞬でとらえ、そこに家具を挿入することで、より空間を研ぎ澄ます力を持っていると言える。
実作として槙文彦氏との協働が広く知られているが、建築家に請われて参画した多くの作品にはキリンプラザ大阪(設計:高松伸、1989 年受賞)、リアス・アーク美術館(設計:石山修武、1995 年受賞)、茅野市民館(設計:古谷誠章、2007 年受賞)、真壁伝承館(設計:ADH、2012 年受賞)など日本建築学会賞(作品)を受賞したものも多い。我が国を代表する多くの建築家に信頼され、多様な空間を生み出してきたその軌跡は、他に類を見ないかけがえのないものである。
近年の活動では、伊東豊雄氏との協働において、人間の身体の所作に寄り添った新しい方向性を切り開いている。多摩美術大学図書館(2007 年)、台湾大学社会科学院辜振甫先生記念図書館(2014 年)、ぎふメディアコスモス(2015 年)、台中国家歌劇院(2016 年) などでは、人が空間の持つ流動性に身を委ねながら所作をつなぎとめる、重要な役割を家具が果たしている。人の動きを的確に読み取り、空間と人を繋ぐ媒体としての家具というまなざしを持ち続け、家具によって空間に新たな意味を持たせ、固有の高いレベルに昇華している藤江氏ならではの作品である。
また藤江氏は、多摩美術大学、東京大学、千葉大学、長岡造形大学、広島工業大学などで長年に渡り客員教授や非常勤講師として、建築を学ぶ学生たちに家具デザインの本質を伝えてきた。さらに 2014 年からは、家具モデラ―や建築家、テキスタイルデザイナーたちと「家具塾」を主宰し、数か月に 1 回のペースで「身体と家具と空間の関係と可能性」を探求する勉強会を実践している。自身の豊かな経験を生かして、教育者として後進の育成にも尽力しているのである。
以上のように、長年に渡って人と空間の豊かな関係をつくり上げてきた功績が建築文化の発展にもたらした貢献は大変大きい。よって、ここに日本建築学会文化賞を贈るものである。